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Interview Vol.02

新垣一成(アニメーター)

新垣一成

献血マニアの女子高生・絆播貢(ばんばみつぐ)が献血車で出会った美少女吸血鬼・マイに血液を与えるため奔走する青春献血×ヴァンパイア アニメ『ぶらどらぶ』。アニメ界の巨匠・押井守が原作、総監督を務めるこのシリーズアニメは意外にもドタバタなコメディ作品! 全編を通じて古今東西の作品からパロディがちりばめられ、キャラクターたちは縦横無尽に動きまわる。目まぐるしく表情が移ろう主要キャラの彼女たちは、どんな風に描かれ・つくられたのか。キャラクターデザインを務めた新垣一成さんにお話を聞きました。

『ぶらどらぶ』は楽しすぎました

ワンシーン

はじめに、新垣さんのこれまでのキャリアについてお伺いしたいです。

新垣一成

アニメーションの専門学校に通うために沖縄から上京して、卒業後は西東京市・田無にある「玉沢動画舎」に就職しました。その頃、同級生で在学中から活躍していたアニメーターの知人伝いに「スタジオパルム」の仕事も受けさせてもらっていましたね。それが22歳くらいの頃です。そこで初めて名前をクレジットしてもらえたので「スタジオパルム」の出身だと勘違いされることがありますが、正しくは「玉沢動画舎」です。その後いくつかのアニメ制作スタジオでの経験を経て、現在は「Seven Arcs」に籍を置いています。今回『ぶらどらぶ』で声をかけてもらった西村監督には10年ほど前からお世話になっていますね。

ワンシーン

『ぶらどらぶ』の実際の制作現場でもある制作会社「Drive」(本作のアニメーション制作)のデスク・会議室を借りて、新垣さんにお話を聞いた。

ワンシーン

『ぶらどらぶ』は正式なオファーを受ける前に西村監督から「絵を描いてみない?」と誘われたのが作品に関わるきっかけだとお聞きしました。

新垣一成

そうです。西村監督とは『魔法少女リリカルなのは』シリーズの案件からご一緒する機会が増えてきて、最近では作品のサブキャラクターデザインを任されることもありました。ちょうど『ぶらどらぶ』の話がある直前にも西村監督の企画に絵を付ける機会があって、結果的にその企画は流れてしまったのですがすごく楽しい仕事だったんです。そういったやりとりをしていたら「今度押井さんと仕事するんだよ」という話を聞きまして。「面白そうだな」なんて思っていたら「絵があると企画がスムーズに動くから、今回も描いてみない?」と。西村監督にはお世話になっていますし、二つ返事で引き受けて描いてみたら、押井総監督との打ち合わせの席で「じゃあ、新垣くんキャラデザお願いね」って(笑)。最初は遊びのつもりというか、絵があったら企画の話が進みやすいかなと思いながら描いただけでしたが、その後とんとん拍子に進んでいきました。

ワンシーン

ちょっとしたドッキリですね(笑)。

新垣一成

『ぶらどらぶ』には原案があって、そのキャラは10年くらい前にイラストレーターの左さんが描いた絵でした。最初の打ち合わせには左さんの絵をアニメらしく落とし込んだものを持っていったのですが、押井総監督に「原案のテイストは無視していい。君のオリジナルで」と言われまして。なので最初に描いたものは没でしたね。修正を繰り返しながら、最終的に左さんのニュアンスを僕なりに残しつつ完成に至りました。話自体はとんとん拍子ですが、初めはあまり手応えありませんでした(笑)。

ワンシーン

新垣さんはキャラクターデザインということですが、実際はどこまで関わられたのでしょうか。

新垣一成

キャラクターデザインと、あとクレジットは控えていますが西村監督と相談してスポットで監修した部分もあります。本当はもっと関わりたかったのですが、その頃『ぶらどらぶ』が楽しいあまりのめり込んでしまい、かねてから進めていた案件の担当者さんから「そっちの作品(『ぶらどらぶ』)に力入れすぎ!」と注意されてしまいまして。いや、全くもってその通りなのですが(笑)。

ワンシーン

(笑)。その「楽しすぎた」っていうのは?

新垣一成

原作が書かれたのが10年も前なので、当初から「自由につくっていいよ」と西村監督から言われていて、思い通りに描いたキャラをそのまま提案できるという楽しさがありました。別の案件で煮詰まっていた時期でもあったので、そのストレスも『ぶらどらぶ』で解消できました。逆に、『ぶらどらぶ』で上手くいかないストレスを別の案件で解消したりもしていましたが(笑)。あと、楽しくできたのはアニメーション制作を担ってくれた「Drive」が新しい会社というのも大きかった。仕切ってくれているスタッフはベテランでしたが、枠にはめたような進め方をせず自由に泳がせてくれたのはすごくありがたかったです。

新垣一成

新垣さんが最後までデザインにこだわったキャラは血祭血比呂。「最後まで納得できず、血比呂はもっと美人で耽美な印象にしてあげてもよかったと今でも考えることがあります。でも、美人であの喋り方だとどうしても違和感が……。仕上がった今のデザインがちょうどいいのかもしれません(笑)」

ワンシーン

作品を通して観ていると、すごくいろんな感情がある作品だなと思いました。ギャグがあり、と思ったらシリアスになってみたり。キャラクターたちがいろんな感情を表現します。

新垣一成

絵描きの視点で意識していたのは、『ぶらどらぶ』はいわゆるドタバタ劇であるということ。でもドタバタ全盛期の70-80年代の絵や、押井総監督の過去作にあるようなハイクオリティな人体デザインやシリアスな絵柄ではないだろうと。ならば僕が描くキャラクターは可愛さ優先で、言ってみれば「よくある美少女アニメ」という感じのデザインラインにしようと思っていました。ギャグ顔はアニメーターだったら面白くおかしく描けるだろうと勝手に信じていたので強い作り込みはせずに、可愛く魅力的に、そしてキャラが並んだ時にちゃんと区別がつくように描きました。

ワンシーン

キャラクターを提出して、いろんな人の手に渡ってから完成した映像を見たわけですが、動いた姿を見たとき率直にどうでしたか?

新垣一成

演出や監督の方だとシナリオやフィルム全体を通しての話になると思うんですけど、僕は絵の方にばかり目が行ってしまいましたね。参加してくれたアニメーターのみなさんが僕の絵を上手く「崩し顔」に昇華してくれたりして、「面白くしてくれてありがたい!」や「こんなにかっこよく描いてくれるんだ!」という感動がたくさんありました。

ワンシーン

押山清高さんが総作画をされた第9話では、キャラクターの線がぜんぜん違うものになっていました。

新垣一成

第9話に関しては出来上がる前からきっと良いものになるというの予想はある程度できていました。僕は何もしてないんですけど、完成した映像を見て「やっぱりね……」みたいな(笑)。自分が描いたキャラを押山さんに描いてもらえて、それだけでありがたいことです。浴衣を着た4人が風になびかれているシーンもとても気に入っています。「この子たちを押山さんが描いてくれたのか……!」と感動しました。

ワンシーン

“マイ”verと“貢”verの2パターンあるオープニングでも、キャラクターが本編と全然違う印象に仕上がっています。

新垣一成

特に“貢”verは本編と絵柄が全然違いますよね。これはアニメーターの沓名健一さんに全てお任せしてできたものです。オープニングの制作は僕がまだ作業に携われる時期だったのですが、プロデューサーの宮腰さんから「オープニングの作画監督は沓名さんに任せたいんです」と言われまして。正直、宮腰さんにとっては切り出しづらい話だったとは思いますが、僕としては沓名さんが手掛けてくれると聞いて「それ見てみたい!」って(笑)。下手に僕が首を突っ込んで何かあってしまうのは絶対に嫌だったので「僕は一切関わりません」とお返事しました。僕が一切関わらなかったからこその美しい出来栄えだと思います(笑)。

新垣さんが選ぶ「ワンシーン」!

ぶらどらぶ

第9話「ボルト式」からのワンシーン。漫画家・つげ義春作品の台詞、設定を大幅に引用し、オマージュした一話であり、作画は全てアニメーターの押山清高さんによるもの。「ドラマCDのような回で、押山さんが描いたキャラの絵がすごく良い。キャラを囲む枠もデザイン的で楽しく見えるし、影をつけずに線だけで描けるのは確かな画力があってこそ。『押山さんにキャラデやってほしい……』って思っちゃいます(笑)」

ぶらどらぶ

本編では見られないキャラクターたちの虚ろ気な表情と幻想的な世界観で表現されたオープニング“貢”verからのワンシーン。まるで本編のドタバタがはじまる前の、壮大な「振り」のような静謐なオープニング。

ワンシーン

オープニングは本当に素敵なので、どのシーンにするか迷いに迷いながら「uno / cine」のコラボ商品『"cine" Long Sleeve T』のフロントプリントに使わせてもらいました。

新垣一成

いいですよね。流石、沓名さんです。このオープニングは本当に最高ですからね。「uno / cine」の商品ラインナップを見させてもらっていると、作品単位でのコラボレーションだけでなく、アニメーターとのコラボレーションなんていうのもおもしろそうだなと思いました。アニメーターは基本フリーランスなのでフットワークの軽い方も多いです。カットをそのまま使うのではなく、素材の段階からアニメーターと一緒に相談してキャラクターの位置や背景もアレンジしてみたり。そんな風にして本編にはないシーンをつくると、もっと選択肢が広がりそうですよね。

ぶらどらぶ

沓名さんによる美しいオープニングの「ワンシーン」を使用した「『ぶらどらぶ』"cine" Long Sleeve T」は、あえて古着のような風合いのボディにプリントを施して仕上げた。

ワンシーン

すごく面白そうです! ぜひやってみたいなと思いました。では最後に、新垣さんにとって『ぶらどらぶ』はどんな作品になったでしょうか?

新垣一成

押井総監督をはじめとして、いろんな人と出会えた作品でしたね。多くのアニメーターは他業界で活躍している人たちと関わる機会が少ないのですが、今回はアニメ業界ではない方々ともたくさんコミュニケーションがあり、僕自身の視点を広げてもらった作品になりました。そしてなにより楽しい作品でした。

新垣一成

新垣一成(あらかき・いっせい)

アニメーター。沖縄県出身。代々木アニメーション学院への入学とともに上京。卒業後は「玉沢動画舎」へ入社。その後フリーランスでの活動、複数のアニメ制作スタジオでの勤務を経て、現在は「Seven Arcs」所属。『〈物語〉シリーズ』『魔法少女リリカルなのは』ほか多数のアニメ作品のアニメーター、作画監督などを務める。